歴代内閣総理大臣③
41〜60代
| 代 | 総理大臣名 | 歴史的事実・補足 |
|---|---|---|
| 41 | 小磯國昭 | 太平洋戦争末期に就任。レイテ島陥落などの戦局悪化により総辞職 |
| 42 | 鈴木貫太郎 | ポツダム宣言を受諾した「終戦時の首相」 |
| 43 | 東久邇宮稔彦王 | 皇族で唯一の首相。敗戦直後の軍の武装解除などを担う (歴代最短の在職日数) |
| 44 | 幣原喜重郎 | 日本国憲法の草案作成、天皇の人間宣言時の内閣 |
| 45 | 吉田茂 | 第1次。日本国憲法の公布・施行時に在任 |
| 46 | 片山哲 | 日本国憲法下で初の首相。日本社会党委員長による中道連立政権 |
| 47 | 芦田均 | 昭電疑獄事件の余波を受け、約7ヶ月で総辞職 |
| 48 | 吉田茂 | 第2次。戦後復興に向けた経済安定化を推進 |
| 49 | 吉田茂 | 第3次。サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約を締結 |
| 50 | 吉田茂 | 第4次。国会での失言による「バカヤロー解散」 |
| 51 | 吉田茂 | 第5次。強力なリーダーシップで「ワンマン宰相」と呼ばれた |
| 52 | 鳩山一郎 | 第1次。日本民主党を結成 |
| 53 | 鳩山一郎 | 第2次。保守合同により自由民主党(自民党)が誕生 (55年体制の始まり) |
| 54 | 鳩山一郎 | 第3次。日ソ共同宣言(国交回復)に署名、 日本の国連加盟を実現 |
| 55 | 石橋湛山 | 就任直後に病に倒れ、国会で一度も答弁することなく約2ヶ月で退陣 |
| 56 | 岸信介 | 第1次。「昭和の妖怪」と呼ばれ、日米安保条約の改定に着手 |
| 57 | 岸信介 | 第2次。新日米安保条約を成立させるが、激しい安保闘争の中で退陣 |
| 58 | 池田勇人 | 第1次。「寛容と忍耐」をスローガンに所得倍増計画を打ち出す |
| 59 | 池田勇人 | 第2次。日本の高度経済成長を強力に牽引 |
| 60 | 池田勇人 | 第3次。東京オリンピック(1964年)の閉会式の翌日に病気で退陣表明 |
※ 戦後復興期。吉田茂総理は45・48〜51代と5回、池田勇人総理は58〜60代と3回連続で務めたよ 
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